「大悲願船」黒書院玄関前の壁龕

黒書院襖絵

今回お訪ねしたF様は、浄土真宗のお寺のご住職様。この寺は、開祖親鸞聖人の直弟子が開いた、800年の法灯を今に伝える古刹です。お訪ねしたのは、旧臘半ば、陽射しのやさしい午後のことでした。

山門をくぐると正面に本堂。ご本尊は江戸初期に開眼された阿弥陀如来立像、金箔に截金が施された端正なお像です。目を左側に向けると八角形のお堂があります。太子堂です。ここに安置されているのが、徳川光圀公に寄進された聖徳太子像。鎌倉時代の作で、国の重要文化財に指定されています。毎年太子の命日に一日だけ開帳されるほかは閉扉されていたため、長い間、お香や灯の煤に燻されず、美しい彩色が残されていると言われています。

参道の右手奥に庫裏(住職の居所)と一体となった黒書院が建っています。平成25年に再建された真新しい建物、三州瓦のグレーと外壁の白とが秋空に映えてとても美しく見えました。

まず庫裏に向かうとF様は正装してお迎えて下さいました。そこで再建された庫裏・黒書院のことなどを仏教史とともにいろいろな話をしていただきました。建築、美術など多方面に造詣の深いF様のお話はとても興味深くまた啓発されることも多く、思わず所蔵品の拝見という本来の目的を忘れそうになったほどでした。

その作品は黒書院で拝見することができます。黒書院の表玄関に立つと、正面に純和風なのですが、どこか西洋の教会を思わせる壁龕(ニッチ)、その中に篠田の書がライトに照らされて輝いていました。『大悲願船』は親鸞聖人のお言葉と思われます。阿弥陀仏の生きとし生けるものの苦を救うという心(大悲)から働きでる知恵を受けて、暗い苦悩の人生の道のりが、明るい大海原をゆったりとした心持ちで船に乗って進んでいくような道が開けてくる、その働きと心境を表す言葉と受け止めています。篠田がこのように宗教的な意味合いを持つ言葉を書くのは大変珍しく、とても貴重な作品だといえますが、F様からの応需により昨年制作されたものです。大変力強い中に、篠田らしい繊細でかつ鋭い線も垣間見られる素晴らしい作品です。

黒書院の本座敷の床(二畳間)に向かって左に付書院が設えられています。この床の間には、当寺最初期の本尊(絵像)でありました「阿弥陀如来来迎図」(南北朝時代)の軸が掛けられていますが、今まさに西方浄土から雲に乗って阿弥陀さまが、お迎えに来られている図柄です。この軸一枚により、室内(21畳)にピンと張り詰めた空気が感じられました。ここに行事の客僧が通され、茶やお斎がふるまわれるそうです。

この黒書院の本座敷と次の間との間の計6面(3間分)の襖には篠田の抽象が描かれています。とは言え、厳密には左側4面の中の1面と右側2面のうち1面に抽象、もう1面に落款という構成になっています。右側の襖から見ていきましょう。何本もの線が交差する抽象作品です。何らかの文字(たとえば「流」)を基にした抽象なのか、はじめから篠田の頭の中で生まれた抽象なのか分かりませんが、作品について作者は何も語ってくれません。観者が感じるままに受け止めれば良いのでしょう。私には迸り出る命の喜びを表現したものに感じられました。その目で左側の4面を見ると、こちらは大きな空白の中に小さく二筆。悠久な時空の中を漂う大乗の船の姿に見えました。果たして作者の意図は奈辺にあったのでしょうか。襖の大半をしめる空白の部分とわずかに描かれた抽象とがもたらす緊張関係に、身の引き締まる思いがしました。この書院の壁は、総白漆喰で、この襖の作品は調子を合わせるように越前和紙の精白な麻紙が使われています。この書院の再建が平成25年ですので、篠田99歳の頃の作ということになります。しかし、目の前には全く年齢を感じさせない構想の大きなそして力強い作品が広がっていました。観光寺院でないので、これらの作品が一般公開されていないのが、ちょっぴり残念です。

このあと、本堂などを参拝して、もう一度庫裏に移りお茶をいただきながら、ふと窓の外を見遣ったとき、大きな池の向こう側の林の梢に散り残った葉に西からの夕日が射して美しく輝いていたのが印象的でした。そして本日、鑑賞した篠田作品がもう一度蘇り、建築美とも融合して、仏教思想(浄土信仰)を想起させる瞬間でありました。

 

F様邸 篠田桃紅

  • 1月 20th, 2016
  • Posted in 回廊

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