PARIS レポートNo.5
2003.10/パリ

レポーター/
平田美智子
< ジャンセン氏の近況 >
ジャン・ジャンセン氏のアトリエ訪問10・2

10月2日。晴天―フランスでは珍しい秋晴れ。気温も日本を出発した日より暖かく20度前後ある。

午前中、パリ郊外にあるジャン・ジャンセン氏のアトリエを訪問する。広い敷地内に自宅とアトリエ二棟。とても広くて静かなアトリエである。ジャンセン氏にとってアトリエは制作の現場であるだけではなく、彼の生活の全てといってよい。

私と長女のフローラさんがアトリエに入って行くと、氏は既にソファーに腰を掛けていた。半年前まで入院されていたので、身体の具合が気になる。

まず、東京から持って来たプレゼントを渡す。谷中にあるミロやピカソが愛した筆屋さんで買った手作りの筆だ。とっても気に入ってくれた。しかし、「これは何の筆なの。」と聞かれ、もう一つのイタチがフランス語で答えられずたじたじとなってしまった。「年とともに『もの』」対し、一切関心がなくなってしまった。でも『筆』だけは別だよ。」

私が「1年前に伺ったときとあまりお変わりなく安心しました。」と云うと、「そんなことないんだ。ほら見てごらん。」とセーターをたくし上げお腹を指差した。「普通はここにどっしり脂肪の山がついているだろう。さっき何も欲しくないと言っていたけど、若さ、健康がほしいかなぁ。」としみじみ呟いた。

ジャンセン氏から私への質問は日本の景気やサンカイビでの個展について等々である。

 そこで、さっそくRetrospective(回顧)と題された今回の展覧会用に1950年代から近作までデッサン、水彩、パステルを選定させてもらう。

サーカスの風景、イタリア、スペインに旅行した際に描きとめた風景画、インクの黒一色で表現された水墨画を彷彿とさせる静物画、リトグラフの原画となっている花のある静物など、たいへん素晴らしく尚且つ貴重な作品を、特別に引き出しから出して来てくれる。

「いつか肖像画展がしたいなぁ」と云いながら、更に引き出しの作品を一点一点見せてくれる。「これがユルブリンナーの肖像。彼がここに来たときに描いた物だよ。」「これがリンダ・ミリ―の肖像。そうそう、とっても可笑しい話しがあるんだ。リンダ・ミリ―はアメリカの大富豪のお嬢さんで、これを描いたのは彼女が結婚する前の二十歳ごろだったかなぁ。この間、探し物をしていた時出てきた作品なんだけど、もうかれこれ40年前になるかなぁ。そしたらその直後、偶然私の個展に彼女がいてね。私はとっさにフルネームで『リンダ・ミリー!!!』と叫んでしまった。彼女は私との40年ぶりの再会にとても感激していたんだけれど、隣にいたご主人が過去に僕達の間に何かあったのではととても不審がっていて、彼女の表情と対照的で可笑しかったなぁ。」

ジャンセン氏にとってこの引き出しは思い出のいっぱい詰まった宝箱なのだろう。思い出話に花が咲く。油彩は全て世界中に散って行ってしまったが、ここに残されたデッサンはジャン・ジャンセンの画業を、静かにけれど雄弁に物語ってくれている。

お昼の時間になったので、アトリエを出て、自宅へ。食事の最中は画家を忘れ、とってもウィットにとんだ、お父さん、おじいちゃんの顔になる。

「明日から南フランスの別荘に行くんだ。そこにあるアトリエはここの3倍もあるんだよ。」と嬉しそうな表情を見せた瞬間を私は見逃さない。

やっぱり、ジャンセン氏にとって制作は生きるということ。若さが欲しいなんて気弱なことを言いつつも、きっと制作のヒントを探しに南フランスに行くのであろう。間違いない。

早くそのヒントが見つかりますように。ジャンセン氏の熱烈な一ファンとして、陰ながらエールを送りたい。

つづく

















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