2007年8月吉日

 美しい調べを奏でるしなやかな線、颯爽とした筆捌きから繰り出されるダイナミックな線。
 篠田桃紅の新作はいつにも増してリズミカルな躍動感と力強さに充ちている。今年94歳になられたが、更なる気力の充実を感じ取ることができた。その超人ぶりにはいつも目を瞠らされる。

「発墨」(はつぼく)という言葉がある。墨の磨れ具合、濃淡や光沢の度合いというのが表向きの意味だが、その言わんとしているところは深遠だ。“真心を込めて墨を磨ると、澄んだ墨汁と清新な香りが生まれる。人もそれと同じである。”篠田桃紅は、まさに「発墨」という言葉を体現しているような作家と言える。
 篠田が著書や対談などで引用する墨童の話がある。12、3歳の子供が無心に一生懸命磨る墨が一番良いとされ、昔の一流の文人墨客は墨童を雇っていたという。その行為は、最高の素材を揃えるというこだわりの点では確かに評価できることだと思う。だが、どことなく肝心な過程を財力や権力で解決してしまっている感もまぬがれない。
 経験も知識も邪心も身についた大人が無心に墨を磨る、このことは至難の業である。篠田はそれを人に任せることなく全て自分でやってきた。もちろん墨磨りのことだけを言っているわけではない。
 誰が課したわけでも、咎めるわけでもない。それでも妥協せず作品に向かってきた。自分自身が己の作品の一番厳しい批評者であり続けている。一枝の影も欺かない冬の水のような、厳しい映し鏡のような墨の世界に身を置き、己と対峙し続けている。常人ならとっくに逃げ出しているところだ。それを成し遂げているからこそ、篠田作品からは清新な香りともいうべき芳しい気品がおのずと漂ってくるのだ。
 「私の作品は皆さんご自由に受けとめて下されば良いのです。」とは篠田がよく口にする言葉だが、これは作品及び鑑賞者に対する謙虚な気持ちの表れでもあり、同時に人知れず険しい道を選び歩んできた者の矜持でもあろう。
 今日の墨画界に於いて、世界に誇れる日本の顔と言えば篠田作品をおいて他にはない、そう多くの人に伝えたい。

 今回はオリジナルを中心に約20点展示致します。是非ご高覧頂きますようお願い申し上げます。

 

篠田桃紅展 ―TRANSITION―
会期: 9月20日(木)〜10月3日(火)
11:00〜18:00 日祝休
会場: アートスペース・サンカイビ
作家来廊予定日: 9月20日(木) 15:00〜

 
アートスペース・サンカイビ
担当: 平田、西山、古谷
〒103-0007 東京都中央区日本橋浜町2−22−5
TEL 03-5649-3710  FAX 03-5649-3720
http://www.sankaibi.com E-mail: art@sankaibi.com
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