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 蒼色に、茜色にと、刻々と色を変えてゆく空と富士山が、窓いっぱいに拡がる我が家の質素なリビングを、すこぶる私は気に入っている。変わりゆく自然の絵画に見入りながら感じる−− 色はある瞬間の現象であって、こんなにも見事な色彩風景もなんとみるみる移ろいゆくものかと。「いろはにほへとちりぬるを」というように。
 けれども、写真は、その瞬間をとらえることができる。まして絵画は、北斎も林武も、瞬時に変わる富士の色をとらえて生命力のフィルターにかけ、一つの画布に定着させた。色の変わりゆく瞬間を停止させ、普遍、永遠なるものをそこから引き出している。絵画における“いろ”とは、光によって作家さんの網膜を通して喚起される全人格と生きざまの投影といえるかもしれない。

 さて、なぜ晴れた日中の富士と空は蒼いのだろう。それは、日中の太陽と地上の距離が近いから。波長の長い赤い光の約4倍も強く散乱する波長の短い青(蒼)い光が、太陽光を間近に浴びる真昼の世界を彩る。朝夕の茜色は、遠く離れた太陽から、太く短く散乱する青をよりも細く長くとどいてくる赤い光のなせる技。これらは、光の方向変化である「屈折」、「散乱」、「干渉」の一つ。地球をとりまく空気の層の粒子に太陽光がぶつかって起こる「散乱」の働き。「屈折」は虹をかける仕掛け人。光が物の内部に入り込んで方向を変えて進む効果。雨上がりの空中に浮かんだ水滴がプリズムの役目をして、太陽光を「屈折」によって分解すると七色の帯が現れる−−波長の短い紫が屈折しやすく波長の長い赤は屈折しにくいというように波長ごとに屈折率が異なるから。そして、表面に反射した光と網膜に入って屈折した光が互いに「干渉」し合うマジックは、光沢というイリュージョンを引き起こす。
 光の方向変更による色のほか、自然光(太陽)や人工光のようにそれ自身が発光して呈する「光源色」と、光が物体にあたって現れる「物体色」がある。
  サンカイビのメインコンセプトの中の“ Sun ”太陽の光は可視領域( 380nm 〜 780nm )全ての波長を一様に含み、白く感じられる。すべての色を包含している複合光であり、元祖「光源色」。白熱灯は橙や赤の長い波長を多く含み、蛍光灯は青白い短波長が多い。単色光は周波数ごとの色を呈する−−たとえば 700nm 辺りは赤い。
 「物体色」は、光が物体に反射した光による表面色と、物体を透過した光による透過色に分けられる。反射のかげには吸収がある。木の葉が緑に見えるのは、 500nm 前後の光を反射して、それ以外の波長の光を吸収するから。赤い薔薇は長波長を多く反射しているから赤く見える。ただ、白、灰色、黒などの無彩色は、どこかの波長領域を多く反射しているのではない。白はほとんどの波長領域を反射した結果で、ほとんどの波長領域が吸収されると黒く見える。

 つぎに、色を感知している私たちの体と心に焦点をあててみる。
 光は水晶体をとおして眼に入り、網膜にある視細胞の錐体と桿体で感知されて脳へ信号として送られる。水晶体はカメラでいえば角膜とともにレンズにあたり、毛様体の筋肉の緊張を強めて厚くなり弛めて薄くなりして焦点を調節する。網膜はフィルムにあたり、錐体は色覚を生じさせるためのカラーフィルム、桿体は明るさに反応するための白黒フィルムの働きをしている。けれども、人間の器官は共通の仕組みでありながら、年齢差や個人差によって感応が異なる。人はだれしも5歳の時、20歳の時、50歳の時では違って感知しているだろう。そして、光が脳の視神経交叉部と外側膝状体を経て視覚野で処理される段階に至っては、瞬間瞬間の心身の状態が感覚を大きく左右するにちがいない。難病に冒された方が「大好きな桜が灰色に見えた」と言っていた。気のせいではなく、確かにそのように感知されたのだろう。厳密には、同じ物を見ていても誰一人どの瞬間も同じ色として感知していないのではなかろうか。

 我が家には宝物にしている二枚の絵がある。哀しいとき嬉しいとき、私は折々に対話する。絵は、そのときそのとき、違った“いろ”で語りかけてくれる。
 過日公開された映画『ニュー・ワールド』の元になっている、ディスニー映画『 Poccaphontas 』のテーマ曲の中に、”Can you paint with all the colors of the wind?”というくだりがある。我が家の二枚の花の絵は、まさに花の周りに流れる風の“いろ”を醸し出している。作家さんは眼に映る色と形を心に一度解き放ち、花なら花の命とそれが息づく世界を、自らの魂の”いろ”と“かたち”で創作するのだろう。それを鑑賞する私たちの脳内の“いろ”は、感知する瞬間の眼と心の創造であり、日々の心の変化や成長とともに自在に変幻しているのではなかろうか。そうして、絵画は“いろ”とともに生きる醍醐味を、魂に語りかけてくるように感じる。


著者: さいとうろさ

上智大学大学院外国語学研究科言語学専攻言語障害コース修了。言語療法や語学教育の他、豊富な海外生活経験を活かし、翻訳や貿易関連の職業に携わる。

   
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